破竹の勢い
三国時代、冬も終わろうとする頃、晋が武昌を落とした後、一気に攻め込んで呉を攻め落とすか、長江の水が凍る次の冬にあらためて攻め込むか決める場面がありました。鎮南将軍杜預が竹を裂くときの勢いのように一節、二節裂けば、残りを裂くのに力はいらないと喩え、破竹の勢いそのままに一気に呉に攻め入ったそうです。
私たちの成長や事業が遅々として進まないことはよくあることですが、ときにあることがきっかけで破竹の勢いのように展開していくことがあります。特に産みの苦しみを味わった後でうまく歯車が絡み合えば、その勢いの心地よさは格別です。もちろん、竹も最初の切り込みをどこにどの角度で入れるかが重要で、間違うと勢いよく一気に裂いていくことはできません。産みの苦しみは、相当な戦略によって得られる過程であり、また破竹の勢いはひとりの力で産み出すものでもないのです。
筍の美味しい季節です。千里にもたくさんの竹林があり、毎日、その成長を見て楽しんでいます。私が子供の頃はお腹を大きくするために、噛めないほど硬く大きくなった筍を食べるのが普通でした。
コメント (5)
ありがとうございました。
伝達の工夫と、一人一人の自覚ですね。
スタッフが、働きやすくなるよう、患者さんのメリットになる
ことを考えなら、創意工夫を凝らしたいと思います。
廣瀬さん、コメントありがとうございます。
恥ずかしながら、当院でもそのようなミスはよくありますよ。
結局、人間がやることですから、そういうことになるのかもしれませんが、
だからと言って、それで許されるわけではありません。
当院は全ての職種が電子カルテを利用していますが、その中に「申し送り事項」や
各ADL項目について「伝達」という記入欄があります。
記載があればカレンダーが赤色になって気づきやすいようになっています。
それを各職種が確認することになっていますが、人間は20人も集まればなかなか・・・。
結局、ひとりひとりの自覚を促していかなければなりません。
特に介護に関わるスタッフには専門職者である自負と積極性を期待して迫っていきます。
アドバイスを頂き有難うございます。
先生のお言葉で、話し合うときに余裕があったか、傾聴がちゃんとできていたのか
ということに気づかされました。
当院も365日リハを実施しておりまして、スタッフのすれ違いが多く、皆の意見を聞くこと、伝えることに非常に苦労しています。
メモで残しても、言葉のニュアンスが上手く伝わらないことも多々あります。
何度言っても、患者さんに関する介助の聞き漏らしや伝え忘れなど多いのです。
こと患者さんのことなどで、ついついこちらも言い過ぎることがあるようです。
貴院でも、そのようなことはあるのでしょうか?
もしあれば、どのように解決していくのでしょうか?
ブログでこのような相談になり、申し訳ございません。
廣瀬さん、こんばんは。いつもご覧いただいているそうで、ありがとうございます。
千里リハビリテーション病院ではほとんどの職員が病棟に配属されていますので、
「病棟とのこと」という話にはなりませんが、ひとつだけコメントさせてください。
病棟とどうしていくかお考えのとき、斧は取り敢えず物置に片付けませんか?
美味しい八女茶を飲んで、「頷きながら」語り合ってみてはいかがでしょう。
毎回、ブログを楽しく拝見させていただいています。
熊本では大変お世話になりました。
「生みの苦しみ」の文を読んで、今まさに、新人や病棟スタッフ教育をしている自分が重なり、思わずコメントをさせていただいてます。
こと病棟との事に関しては、どの切り口でいくか、3~4ヶ月も迷っています。なまくらの斧で、木を倒そうとしている自分がいます。行動はしているのですが、遅々として進みません。
先生の言われるどこにどの角度でいれるかが重要ですね。
破竹の勢いがつく角度を責めあぐねています。
熊本の席で教えていただいた、先生から哲学を持って行動することを胸にあきらめず頑張ろうと思います。