如月

早いですね。前回の記事から1か月が経ってしまいました。最近はこのパターンが多いので、もう少し気持ちを入れ替えないといけませんね。nec_5092
2月、如月、きさらぎです。旧暦の2月ですから、現在の暦では概ね3月というところでしょう。2月は最も寒い時期だから更に重ねて服を着る、という説明をしばしば耳にしますが、おそらくそれは誤りです。3月は暖かくなっていく頃です。そういうときに寒さがぶり返してくる、つまり寒の戻りがあって、脱いでいた服をもう一度重ねて着なければならないような季節、衣更着というところでしょう。また3月は草木が元気に芽吹いてくる季節ですから生更ぎともいうように、季節の移ろいの中でそれに従うかのように自然にみられる現象を表しているのでしょう。「如」とは、従う、~とともに、という意味を持ちます。
最近では赤穂浪士の討ち入りのドラマを見かけませんが、討ち入りしたのが12月14日の夜から15日の朝にかけてで、雪が降っていました。12月中旬に東京で雪が積もることはまずないでしょう。新暦では1月30日から31日にかけてということだったそうです。このことを考えても如月がどういう意味を持っているか、分かりますよね。要するに旧暦でイメージしていたことを新暦にそのまま持ち込んだところに無理があるのでしょう。

先日、日本神経理学療法学会主催で「脳卒中患者の歩行再建」をテーマにしたサテライトカンファレンスを開きました。歩行ひとつひとつの相に意味があり、それを保障している何らかのシステムがあるはずです。それなりには分かってきているのですが、患者さんたちが歩行に関してさまざまな問題を抱えていらっしゃるとき、その原因分析が一面的で、結果、対策も一面的であるように感じました。つまり、熱がある、という観察だけで、その原因は分析せず、解熱剤だけを投与する、というところでしょうか。
物事には意味がありますし、事象にはそれなりの原因があります。私はもっと脳の中で起きていることにしっかり向き合っていくことが必要であると考えています。その教育が、理解が・・・。そして究極的には「生活を営む社会的動物である」人間がなす歩行をどう考えていくか、哲学的側面も併せて考えていく姿勢が求められます。そのようなことを感じたカンファレンスでした。

コメント (45)

  • senri より:

    チエミさん、こんばんは。
    コメントありがとうございます。
    人それぞれ。
    マイペースでひとつずつ取り組んでいければと私も思います。
    山積みの発信すべき課題も、何かのきっかけで大きく動くこともあります。
    焦らずに、ひとつずつ、ですね。

  • チエミ より:

    吉尾先生 こんにちは。
    いつもブログみています。熱意には驚いております。
    わけて欲しいくらいです。
    たかが二年、されど二年。
    大きなものをいただきました。ありがとうございます。
    休息も必要ですが、これからに向けて発信していくことも山積み状態です。
    ひとつずつ取り組みたいと思います。
    よろしくお願いいたします。

  • senri より:

    c.t.nさん、おはようございます。
    たくさんのメッセージをありがとうございます。
    ただ、個人情報に関わるような、特に他人の名誉に関わるような情報・記事は削除していますので悪しからず。
    その人にしかわからない。
    それぞれの人間は、いろいろな過去を背負ってそれぞれの今を迎えているわけですから。

  • c.t.n より:

    自分の生命(人生)が自分であるならば
    自分の生命(人生)が他人であるならば
    他人の生命(人生)が自分であるならば
    他人の生命(人生)が他人であるならば
    どんなに楽なことでしょう

    こなしてきたひとにしかわからない

  • senri より:

    c.t.nさん、こんばんは。
    そうです、人間とはなんぞや。それは人それぞれ。
    こうでなければならない、ということはないと私は思います。
    一方で、解剖学などの基礎学問に基づく医療はより普遍的でなければならないと思っています。
    人間である患者さんたちに対して、その両方の視点が必要だということです。
    ただ、それだけです。
    ただそれだけのことがなかなか難しいから、私たちは大変ですね、c.t.nさん?

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    aisakuさん、しかしながら、やはり
    解剖をたくさんしてきたひとが、
    筆をもち言葉を駆使し描いていらっしゃるので伝えたいことはたくさんあるのだと存じます。
    「人間とはなんぞや」
    原点はそこからだとも感じています。

  • aisaku より:

    ハッ、ハックション。。。
    僕は元気ですが、道理でクシャミが出るわけです。。。

    って、どこかであった流れですね(^^)

  • senri より:

    aisakuさん、おはようございます。
    お元気ですか? 
    昨日、鶏の唐揚げの話をしていて、宇佐や中津の話、そして当然のようにaisakuさんの話が出てきました。
    で、このブログを拝見して、呼び込んだかな?と不思議な思いをしています。
    コメント、ありがとうございます。

  • senri より:

    c.t.nさん、おはようございます。
    たくさんのメッセージ、ありがとうございます。
    東京ではソメイヨシノの開花はまだまだですが、河津桜がそろそろ終わりを迎えます。
    桜でもいろいろです。
    また、十月桜は昨秋から少しずつ花を咲かせ、雪の中でも耐えて、この春には一気に開花します。
    同じ十月桜でも開花する時季が半年も違うのです。
    ヒトはもっといろいろいますし、個人の中でも、そのときそのときで様々なことを感じ、行動をします。
    いろいろです。
    相田みつをさんや吉野弘さん、星野富弘さんのことばに共感する人たちが多いのも、それ故でしょう。

  • aisaku より:

    c.t.nさん
    ちょうどお話も一区切りついたことでしょうし、そろそろここまでにしませんか?
    吉尾先生が多くの気づきを発信をされている中で、多くの方と意見交換をできる場としてこのブログのコメント欄を解放してくださっていると思います。いかがでしょう?

  • c.t.n より:

    脳の重さは男は1450g、女は1250gくらいで相対的に女の子は左脳が発達していておしゃべりが得意で男の子は環境の空気を読む右脳が発達しています。男は言葉で表現するのが苦手で、論理的に考え抜いていくことが不得意で勢いで行動を起こしたり、最終処分場も決まっていない原子力発電をスタートさせてしまうのです。困った動物です。そこに理路整然とした女性が参画してくると男は煙たくなり、女性を社会から排除しようとするのです。やはり困った動物です。

  • c.t.n より:

    ヒトは他の動物とは比較にならないような言語を駆使する動物ですから、言語に関する左半球が優位になり、右利きがおおくなります。サルは自然環境のなかで外敵から身を守りながら生きていかなければなりませんので、右半球をよく使います。そして右半球に支配される左手をよく使います。
    男と女の脳の違いもあります。

  • c.t.n より:

    面白いことにチンパンジーは木と木を行き交うので手が発達してオラウータンは木に居坐わりゆっくりと行動するため足が発達しているといわれています。同じ霊長類である人間はコミュニケーションするために大脳皮質が発達してきたといわれています。
    ヒトは地球場で唯一の直立二足動物です。なぜそのような発達を遂げたのか。ひとことでいうと脳を発達させるためであり重くなった脳をいかに楽に支えるかという課題を解決するために対地球で考えてこの原理を利用したのです。
    ヒトはは直立立位になったことで顔を平面化し両目を正面に並べ遠近感や立体視できるようになりました。左半球では言語や論理的思考、右半球では環境や空間的な情報、芸術などのイメージに関する処理を担っています。それら情報は神経線維によって前頭連合野に伝えられ、私たちの精神活動や行動に反映されていきます。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    自分がわからなくなるのは見失うことでもないと思っています。
    私自身、自分がわからないからです。そのためにも学会などに参加してきました。
    POSTカードも私へのメッセージかどうかわかりません。
    それをどのように表現してよいのかわかりません。多くの側面があるような気がします。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    伝えました。2年は大きいのです。
    吉尾先生の2年と私の2年は同じようで内容により中身に影響を及ぼすということだと思っています。

  • senri より:

    c.t.nさん、おはようございます。
    星野富弘さんの詩ですね。
    私は何に見えるのでしょう?
    自分にも自分自身のことがわからないことがあります。

  • c.t.n より:

    あるひとのことばがあります。

    蟻よ その草が 木に見えるか
    その石ころが 岩に見えるか
    蟻よ 私は 何に見える

    秋の道を 蟻が 歩いている
    立ち止まっては 空を仰ぎ
    立ち止まっては うなずき
    蟻よ お前は
    何を信じているのか

  • c.t.n より:

    私は吉尾雅春という人間を知りません。
    このブログ、講演会や学会では前にいるひととしての認識しかありません。
    幾度か会話を交わしたことはありますが、掴めないです。
    思考回路がわからないです。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    internal focusは自分自身、内部環境とされており、external focusは自分以外とされています。
    internal focusにexternal focusの影響を受け、external focusはinternal focusの影響を受けます。
    それぞれに相互関係をもっていることになります。質と量に影響をうけます。
    internal fousは個人的要素もありますが、同じ要素が集まればinternal fousは拡大します。2人になればパートナー partnerです。
    それぞれがあつまりグループをつくり、集団となります。独立している人間はいないと感じています。

  • senri より:

    c.t.nさん、こんばんは。
    素晴らしい活動ですね。
    うまく運びますよう、念じております。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    幕張で行われる学会の抄録を拝見しました。
    ついていけるかわからない高度な構成と内容で驚きました。
    幸い、英語のAbstractの採用が決まりました。口述発表もあり、単語や文章を理解し表現することや繋げることが難しい私には羨ましく思います。様々なことを学び吸収しいかせるように取り組みたいと考えています。
    目標は、PTOT合同学会、日本リハビリテーション医学会、日本高次脳機能学会へのエントリーと学会発表、相応した論文を執筆することとし、達成するためには基礎知識と使用されることばや言語のみなおし、神経機構の復興が必要と考えられます。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    そうなんですね、ありがとうございます。

  • senri より:

    c.t.nさん、こんばんは。
    なかなか難しいお話しですね。
    私は相田みつをさんのメッセージが好きですし、最近では吉野弘さんのメッセージにも惹かれています。

  • c.t.n より:

    リハビリテーション医学を語るとき、リハビリテーションと医学を分けて考えてみます。
    Rehabilitationとは、変化してゆく社会の中でどの人間も考えなければならないことで、行動の習慣を必要に応じて変え、適応させることといいます。人間が生涯学習を真剣に考え遂行していく必要があるのはこのためであり、障害者でなくても人間として自立自律していない成人もいると思われます。

    リハビリテーションとは、人間がより高次な生き方を求めて、変化、適応していく成長過程と考えられます。Self-rehabilitationに関与しない人間は自ら自己の現界の中でさまようことになります。
    そして、社会や人類の志向性を決めるのは、人間ひとりひとりの役割であるにもかかわらず、その役割が放棄されたときに訪れる危機は想像を絶します。

    たかが2年、されど2年。
    失うことは簡単です。
    どうせひとりの問題ですから。

  • c.t.n より:

    相田みつをことばにこのようなことばがあります。
    「セトモノとセトモノぶつかりッこすると すぐにこわれちゃう
    どっちか やわらかければだいじょうぶ
    やわやかい こころをもちましょう
    そういうわたしは いつもセトモノ」

    2015年2月16日のブログでそう感じました。
    焼きものをみるときの思想が吉尾先生と私は少し違うものがあるのかと思いました。
    実際、今右衛門さんの墨はじきを拝見させていただきましたが、作品だけではわからないことは多くあるのだと感じました。

  • c.t.n より:

    吉尾先生はときどき、焼きもの、有田焼について述べています。
    焼きものは私も好きです。高価なものは手にすることはできませんが、みるのは好きです。
    その価値を理解するには自分自身が及ばない、のだとも思っています。

    吉尾先生のブログで作品を拝見し、とてもよい作品だと思います。
    しかし、何故かそこには命がふきこまれていない、感情ももたないものだと感じてしまいます。
    その時の私の心境でしょうか。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    たかが2年、されど2年。
    internal focusとexternal focusの変化がありました。
    脳卒中においては質と量といわれています。
    |⊃ ←このような図があったのを覚えています。今ではあまりみませんが。
    そして人の行動は質と量の総合されたものと考えられ、人が実際活動しなければ成立しません。
    行動の質を思想の確立度と考えられ思われています。
    思想があっても活動しないとか、活動しても思想が確立していないときには、ものごとの実現は難しいとされており、いかなる行動においても共通したものだと考えられています。
    リハビリテーション医学は欧米でかくりつされ、その後日本に入ってきたため、かならずしも日本の風土に密着したものではありません。あることが、あるところで確立されるまでには、そこの人間の思想、文化、社会状況、など種々の背景の中で培われてきたものが基礎となっている。この事実だけを取り入れたとしても、異物反応を起こし、定着しにくいのは当然だと思われています。
    社会は分化し、それぞれの部門は高度に発展してきたかもしれませんが、狭義の発展は相互関係を弱め、疎外感を強めていることはかんじています。「試練に立つ文明」とか、「何のための豊かさなのか」など、何故これらの問題提起がなさなければんらないかということは、めざめた人間には十分理解されるべきだとされています。
    昨日、分化学会の選挙がありました。3月には理事の選挙があります。拝見させていだたきました。
    左右対照の顔は誰もいませんでした。

  • senri より:

    c.t.nさん、こんばんは。
    2年の積み重ねは大きいですよ。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    こちらこそ個人情報を申し訳ありません。
    POSTカードには恐縮してしまいます。
    様々な研修会へ参加していますが、たかが2年、されど2年。
    私より運動能力に優れている人は多くおられることは周知しています。
    ひとりとして理学療法学を学び考え実現するためにこちらへコメントをしていく所在です。

  • senri より:

    c.t.nさん、こんにちは。
    個人情報に関わる部分は修正させていただきました。
    申し訳ございません。
    いただいた年賀状への返事のことですね。
    私が研修会への参加などを通してc.t.nさんの活動を拝見していますと、凄いなあ、と思います。
    私も結構動いている人間だと思いますが、、、。
    そのような中で感じ、学ばれることの多さはこのブログにお寄せいただくコメントを拝見していても想像できます。Neutralであるためにも、多くのことを学んでいくことが必要だと考えていらっしゃったのでしょうね。
    そろそろc.t.さんが正面に出てきてもよい頃かもしれません。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    c.t.nの n は、neutralという意味をもっています。
    neutral すぎたかもしれません。
    POSTカードありがとうございました。
    そのsence、無神経かと思ってしまうほどに心に響きました。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    福岡のサテライトカンファレンスに参加しました。
    私からの感想は特にありません。
    神経理学療法の活動に参加して2年経過します。

  • senri より:

    c.t.nさん、おはようございます。コメントありがとうございます。
    ライトなトレーニングでその上昇はちょっと気になりますね。
    最近になって始められたのでしょうか?
    そういう私は最近運動不足で、他人様の健康状態を語るような状況ではないのです。
    努力しなければ。
    私のエネルギーの源は目の前の患者さんたちの存在です。
    この仕事に就いて、このような活動ができて、本当によかったと思っています。
    c.t.nさんもしっかり歩んでいらっしゃるじゃないですか。
    日々精進です。

  • c.t.n より:

    吉尾先生 こんばんは。
    お久しぶりです。
    講演、サテライトカンファレンスではありがとうございました。
    京都では、歩行再建ということで貴重な発表を聴講することができました。
    歩行における各相と振り出しについてのシンポジウムは今一つ掴み所がなく感じましたが、
    歩容と治療場面の動画を拝見させていただけたことでみえることはあったかと思います。
    その様な中で、吉尾先生の改新は意表をつくものでありました。
    腹を割る程の努力とその源はどこから湧き出るのだろう、と羨ましい限りです。
    私も見習って5〜7分のライトなトレーニングをしていますが、
    コンディションは複雑でして、SBP90〜100台、HR90→140-150、SPO2;98%。
    心臓への負担が気にかかる状況です。
    ゼロはゼロでしかない。
    振り出しに巻き戻してみますか?

  • senri より:

    aisakuさん、おはようございます。コメント、ありがとうございます。
    仰る通りですね。そして、学会としてもどんどん掘り下げていくつもりです。
    数値では質を計れないところがありますが、同質のものを集めれば数値で何かを示すことができるかもしれません。いずれにしても、私たちは歩行が何たるか、実はあまり理解できていないのではないかと思っています。
    原点に戻って、きちんと考え、プロセスを進めていきたいですね。
    USA Meeting を楽しみにしています。

  • aisaku より:

    ご無沙汰しています。
    季節は如月ですが、私の気分は師走で未だにバタバタ作業に追われています。
    さて、サテライトカンファレンスはとても興味深い内容でしたが、京都までの遠征はできずじまいでした。
    歩行の再建という大きなテーマですが、私自身も歩行をどのように捉えていくかを脳のネットワークを踏まえながら試行錯誤している日々です。
    今までの日本PT学会ではこのようなシングルケースを深く考える演題はなかなか採択されにくいこともあり、このような現状なのかも知れません。そのあたりが分科会となったことで少しでも解消されるとのいいなぁと感じています。
    統計を用いるような研究も大事なのですが、目の前の患者について掘り下げる研究も大切と思っています。また、大学院で行われている脳科学的な研究成果を臨床で導入したらどうだったなど、研究と臨床のサイクルももっと回るといいなぁとも思います。
    色々と感じることがありますが、来週のあれで多くの臨床家と思考プロセスの共有ができればと楽しみにしています。

  • asuka より:

    吉尾先生、ありがとうございます。
    上手く機能することを待ち受けるだけの期待ではなく、
    実現できるような行動を積極的にしたいと思います。
    ご支援お願いします(^^)

  • senri より:

    asukaさん、こんばんは。
    そうですね。地域包括ケアシステムが本来的に運用されていくとよいと思いますが、この国で医療を展開する人たちはなかなか本来的なシステムを作ろうと努力するよりも入りと出の計算をすることを優先する傾向がありますからちょっと辛いです。今、asukaさんが大学病院の病棟で取り組んでいらっしゃることが全国的にはなかなか積極的に進んでいかないことと似てますね。うまく機能していくことを期待しましょう。

  • asuka より:

    おはようございます.ご返答ありがとうございます.
    病期別でみているとその期のことしか分からなくなりますね.
    私は病期別になってから理学療法士になりました.
    幸いにも様々な病期に関わる機会があり,
    始めはそれぞれのやるべきこと,考えることに違いに戸惑いましたが,
    良い経験をさせて頂いております.
    システムの欠陥を埋めるためにも「地域包括ケアシステム」が上手く機能するといいですね.

  • senri より:

    akihoさん、おはようございます。コメント、ありがとうございます。
    一月塾には遠方からはるばるお越しいただき、ありがとうございました。会場でお顔を拝見したとき、目力がしっかりと伝わってきました。自身の経験則ではなく、根拠をもって堂々と議論しあえる力を身に着けていきたいですね。これからどんどん具現化していってください。
    あと10日ですね。皆さんとしっかり語り合えることを楽しみにしています。

  • senri より:

    チャーコさん、おはようございます。いつもご覧いただき、コメントをお届けくださって、とても嬉しく思っています。
    今朝の箕面の山は真っ白でしたね。まだ降っているようですから、もう少し積もるのでしょうか・・。
    インフルエンザも流行っています。チャンピオンジャンパーを着て暖かくして、手洗い、うがいの励行が一番の予防ですから、くれぐれもよろしくお願いしますね。
    写真はコートとジャケットとのあいの子みたいな服ですが、インナーがあって、寒いときは装着するようになっています。でも、今までインナーを取り付けたことがありません。何しろ、自宅のある札幌と10度くらいの温度差がありますから。
    先日、梅の花が咲いているのを見ました。2月はサッと通り過ぎて、早く3月になるといいですね。

  • senri より:

    asukaさん、コメントありがとうございます。
    私がPTになったのは1974年です。当時は早期からリハビリテーション医療を開始しようという運動は行われていましたが、現在ほど早くはありませんでした。一方で病期別の医療機関で連携して患者さんをみていくようなシステムはなく、急性期をみた病院でも最後まで、つまり自宅退院後も外来でフォローするようなシステムでした。時には患者さんのお家にお邪魔して生活の様子を拝見したりしたものです。
    当時は重度の麻痺の方々を歩かせるという技術はありませんでした。何せ、随意運動を引き出すことが全てでしたから。随意運動ができない冠者さんが歩けるとは誰も思わない世界でした。比較的運動麻痺が軽い患者さんたちは歩けるようになりますが、外来でフォローしているとき、先日ご覧いただいたような数年後のあのような状態になる患者さんは見かけませんでした。当時は入院にしても外来にしても今では考えられないくらい長期間みていました。言うなれば、現在のデイケア等、生活期に関わっている方々の仕事の一部をも含めて一貫してみていたわけです。
    こういうことを振り返ってみますと、どこかに大きな落とし穴があるように思うのです。私たちの根本的な知識の問題に加えて、予防医療介護などのシステムの欠陥が問題を大きくさせているのかもしれないと思っています。

  • akiho より:

    先日の一月塾お疲れ様でした!
    今年初、勉強会が刺激的で
    懇親会まで参加させて頂き
    本当に感謝しています。
    気持ちを切り替え、スタートを切れました!

    物事には意味が
    現象には根本が
    まだまだ勉強しないと
    理解できない部分がありますが
    理解を深めていきたいと思います。
    2月に会える事が楽しみです!!

    こちらでは
    インフルエンザが猛威を振るっています
    ご多忙かと思いますが
    御身体に気をつけて下さい。

  • チャーコ より:

    こんにちは、吉尾先生。
    本当2月は寒いので、私は偽物チャンピオンジャンパー着て出かけています。
    暖かいダッフルコートみたいですね。
    3月は暖かいですが、2月は本当に寒いですね。

  • asuka より:

    先日のサテライトカンファレンスお疲れさまでした.
    会場は満員で,大畑先生も言われていましたが,うとうとしている人がほとんどなく,
    参加者の目は積極性を感じました.
    ただ,先生のおっしゃるように,原因分析がもっと深くなされれば,
    思うように患者さんが回復しないといったことも減ってくるのではないかと感じます.
    理学療法の経過の一部分だけの考察ではなく,
    その方がどういう日常を送られているのか経過の帰結まで示すと良いのかもしれません.

    今までの慣例に従っていくだけではなく,新たな道を切り開いていく勇気,行動力を発揮して,
    次の季節,ステップにつなげたいと思いました.

    カンファレンスではお元気そうなお顔が拝見できて安心しました.

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